大判例

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水戸家庭裁判所 平成8年(少)618号 決定

少年 W・N(昭和51.10.9生)

主文

少年を家庭裁判所調査官○○の観察に付する。

少年の補導を有限会社○○塗装店(A)に委託する。

当裁判所が平成8年5月31日少年に対してした観護措置決定は、これを取り消す。

理由

(非行事実)

少年は、平成8年3月21日ころの午後零時ころ、茨城県ひたちなか市○○××番地の×所在○○において、友人の実弟でかねて顔見知りのB(当時17歳)が遊戯中であるのを見かけるや、2、3日前顔を合わせた際同人が自分を無視して立ち去ったことを思い出してにわかに立腹し、同人に対し、「おめえ前会ったときしかとしたっぺ」などと申し向けて、多数回にわたり、右肩、右腕、胸部、腹部等を手拳で殴打する暴行を加えたが、これらの暴行により怯えた同人が泣き出したのを認めるや、同人から金員を喝取しようと企て、「おめえ今金いくら持っているんだ。」などと申し向け、もしその要求に応じなければどのような危害を加えるかもしれない気勢を示して同人を畏怖させ、よって、即時同所において、同人から現金2,000円を交付させた上、さらに、同人に対し、「金を集めるだけ集めろ。連絡すっかんな。返事しなかったら、わかってっぺな。」などと金員の交付を要求しつつ、前同様の気勢を示して同人を畏怖させ、よって、同年3月21日ころの午後零時ころ、前記場所の一階と二階の間にある階段の踊り場で、同人から現金12,000円の交付を受け、いずれもこれらを喝取した。

(事実認定の補足等)

1  恐喝の犯意の発生時期について

送致事実の記載自体からでは必ずしも明らかではないが、少年の暴行が全体として恐喝の手段として記載されているところからみると、検察官は、少年が暴行の当初から恐喝の犯意を持っていたものとする趣旨と思われる。

しかし、少年は、捜査段階以来一貫して、暴行の動機についてほぼ上記認定に沿う弁解をし、金を取る気になったのは被害者が泣き出したのを見てからである旨供述している。そして、少年がもともと感情の抑制力に乏しい性格の持ち主で、これまでにも、単に目が合ったというだけの理由から他の少年と喧嘩をしたことが何回かあること、少年は、暴行の当初の時期には金員の交付を求める言動に出ていないことなど証拠上明らかな事実に照らすと、少年の暴行の動機に関する捜査段階以来の弁解は、にわかに排斥し難い。

そうすると、上記暴行全部を恐喝の手段として構成した送致事実をそのまま認定することはできず、少年が恐喝の犯意を生じたのは、判示のとおり、当初の暴行により被害者が泣き出したのを見た後であると認めるのが相当である。

2  暴行の部位、程度について

暴行の部位、程度について、被害者は、捜査官に対し、「腕、腹、胸、頭などを手拳で合計30回ないし31回位殴られた」旨供述しているのに対し、少年は、当審判廷において、「殴ったのは、肩と腕のつけ根あたりを2~3回」又は「覚えているのは3発」などと弁解している。そして、この点に関する少年の捜査官に対する供述は、殴打した回数は被害者が言うような多数回ではなかったという点、及び殴打の部位が、肩、腕又はその間であって、被害者が言うような腹部、胸部、頭部などは殴打していないという点では一貫しているといえる。

しかし、上記のとおり、殴打された状況に関する被害者の供述も一貫している上、特に、その検察官調書の記載は、極めて具体的で迫真力がある。また、この点については、目撃者であるCも、少年が被害者の「腹あたりをゲンコツで」殴打している状況を目撃していること、被害者も少年に腕を殴打されたことを否定しているのではなく、それ以外にも、腹部、胸部等を殴打されたとしていること、少年の供述中には、証拠上明らかな事実について平然とシラを切る不合理な部分(少年鑑別所での落書きについて、当初否認し、後刻これを認めた後も、否認したのは記憶がなかったからであるとする部分など)もあることなどを総合すると、殴打の部位に関する少年の弁解を採用することはできない(なお、仮に、少年が肩、腕だけを殴打したつもりであっても、客観的には胸部、腹部等を殴打していたという事態も考えられないではなく、そのような場合であっても、少年が、胸部、腹部を殴打したということに変わりはない。)。

他方、殴打の回数に関する被害者の供述は、合計30回ないし31回位(その内訳は、胸、右腕、腹各10回位、頭部1回)であったというものである。殴打の回数については、被害者がその回数を正確に認識することは困難であり、また、どうしても回数を多めに述べ易いと考えられるから、30回とか31回という回数をそのまま認定することはできないが、被害者の供述は、その内容の一貫性、迫真性に照らし、少年の殴打が多数回に及びかなり執拗であったという限度では、証拠価値が高いと認められる。これに対し、少年の弁解は、当初の「2回位」(5・13司法警察員調書)から、「約3~5発」(5・17司法警察員調書)、「2~3回」(5・29検察官調書)、さらには審判廷における「2~3回」ないし「3発」と微妙に変遷している。そして、少年が、上記のとおり、他の点で明らかに事実に反する不合理な弁解をしていること等にも照らすと、この点に関する少年の供述の信用性は高くないというべきである。

そこで、これらの諸点を総合して、暴行の部位、程度については、判示のとおり認定した。

3  罪数について

当裁判所は、判示のとおり、少年の当初の暴行は恐喝の犯意なくして行なわれたものと認定したが、本件のように、同一の被害者に対する単純な暴行と恐喝の犯意に基づく脅迫が接着して行われ、その一連の暴行、脅迫による被害者の畏怖を利用して金員を喝取した事案においては、単純暴行の点をも含め、全体として恐喝の包括一罪が成立すると解するのが相当である。

(法令の適用)

包括して、刑法249条1項

(処遇の理由)

1  少年は、もともと、明るく積極的・活動的な性格で成績も悪くなく、小学校時代以来、クラスのリーダー的な存在として、周囲から一目置かれていた。家庭においても、両親との間に確執もなく、中学校を卒業するまでは、格別の問題行動に出ることもなかった。

2  中学校卒業後、少年は、○○高校に進学したが、そのころから、力の弱い者に対する暴力や威嚇が目立ち始め、少年が同校1年に在学中の平成4年11月に、他校生及び母校の中学生に対する暴力行為が原因で無期謹慎の指導を受け、同5年6月には、おとなしい真面目な生徒に対し一方的な暴力事件を起こして、事実上の退学処分を受けた。

3  その後、少年は、ガソリンスタンドの店員、大工見習い、内装工、土木作業員など、多くの仕事を転々としたが、いずれも長続きせず、その間、前件の非行(友人4名との共謀によるバイクの窃取)を犯して、家庭裁判所に送致されたり、暴力団事務所の掃除に行ったり、地元の暴走族に入って暴走行為に多数回参加したりした。

4  さらに、少年は、平成6年5月6日、前件につき審判不開始の決定を受けた後、サラ金から高額(合計30万円)の借金をして、次々と自動車やバイクを購入したため、その返済に追われるようになっており、本件非行の他にも、同種非行を2回行っている。

5  このようにみてくると、少年の高校進学後の生活は、かなり乱れており、非行の程度も進んでいると認めざるを得ない。そして、本件非行は、その動機に同情の余地はなく、態様も甚だ悪質であること、少年には、感情統制力が弱く、弱い者に対して支配的に振る舞いたがる性格上の問題点があること、その思考は自己中心的で、これまで人の痛みを感ずることができないできたこと、本件についても、事実に反すると思われる弁解をしており、反省の情も必ずしも十分ではないと思われることなどの諸点に照らすと、少年を今後正常な社会人として更生させるためには、この際断固矯正施設に収容して、規律ある生活の中で厳格な矯正教育を施す必要があるようにも考えられる。

6  しかしながら、他方、本件に関する少年の処分を決する際には、以下の諸事情をも考慮しないわけにはいかない。すなわち、それは、(1)少年の生育歴、非行歴は既に指摘したとおりであって、少年には、中学校卒業までは特段の問題行動がなく、家庭裁判所の審判を受けるのも今回が初めてであること、(2)高校進学後の少年の生活の乱れの原因が何処にあるのかは、必ずしも明らかではないが、いずれにしても、少年の資質、能力がかなり高いことからすれば、少年の自覚と気持の持ち方次第では、自分で感情を抑制し生活を建て直していくことが不可能ではないと考えられること、(3)少年は、今回初めて経験した1月半にも及ぶ身柄拘束と、捜査機関による取調べ、少年鑑別所における規律正しい生活、調査官の調査、さらには当審判手続等を通じ、必ずしも十分ではないにしても、本件非行についてかなりの程度の反省をしており、これまでの自分の行動や考え方が甘かったことを痛感している様子が窺われることなどの事情である。

7  以上の諸点に加え、少年が、これまでの仕事の中では内装の仕事が一番合っていたと思う、これからは天井や壁を張るような仕事をしたい旨供述していることをも合わせ考慮した結果、この際、暫時少年を家庭裁判所調査官による試験観察に付した上、主文記載の○○塗装店に補導を委託することとし、その間の行状を合わせ考慮して最終審判をするのを相当と認めた。

よって、少年法25条1項、2項により、主文のとおり決定する。

(裁判官 木谷明)

〔参考〕保護観察決定

主文

少年を水戸保護観察所の保護観察に付する。

理由

1 審判に付すべき事由

平成8年6月26日付け当裁判所の試験観察決定(以下「試験観察決定」という。)記載の非行事実と同一であるから、これを引用する。

2 適用法令

刑法249条1項

3 処遇の理由

少年の処遇に関する当裁判所の基本的見解は、試験観察決定の「処遇の理由」欄記載のとおりである。少年は、試験観察決定直後から、補導委託先(受託者及びその妻)の指導によく従い、盛夏の3か月を、早朝から夕刻まで、塗装の現場で懸命に働いた、その結果、塗装の技術の向上も著しく、委託先からは、既に戦力になっていると評されている。また、少年は、現在の仕事に充実感を抱き、今後も、委託先での勤務を続けたいとの希望を持っており、委託先もこれを受け容れる意向である。そして、少年は、この3か月の充実した生活の結果、見違える程明るさを取り戻し、実母もその変ぼうぶりに目を見張っている。さらに、このような生活の中で、少年は、感情の抑制力をも身につけてきており、資質上の最大の課題を急激に克服しつつある。

以上のような試験観察中の少年の行状等をも合わせ考えると、少年については、既に収容処遇の必要性は失われていると認められる。当裁判所としては、更生に向けての少年の真剣な努力に心からの拍手を送りたい。

当裁判所は、少年の要保護性が既に大幅に低下していることにかんがみ、不処分決定の選択をも視野に入れて検討したが、少年が、今後委託先を出て、単身アパート生活をする予定であること等を照らし、なお一抹の不安が残らないでもないので、少年法24条1項1号、少年審判規則37条1項を各適用して、主文のとおり決定する(保護観察実施機関に対しては、以上のような本件の特異な経過を踏まえた上での適切妥当な指導を期待する。)。(裁判官 木谷明)

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